青森市自治基本条例に反対するブログ。

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Information

□ 本当は怖い自治基本条例 □

ちょっこっと改訂版

前回作成したスライドに、行政が悪用し民意をねつ造する可能性について検討を加えた改訂版です。
前回の内容に追加したので、今後はこちらをご覧ください。

パワーポイントのファイル(.pptx、.ppt)が、本文最後のリンクからダウンロードできますので、自由に修正やカスタマイズなさって、自治基本条例の問題点を広くたくさんの方々に伝える活動にお役立てください。

P01

自治基本条例は、市民が主役のまちづくり、まちを元気にする条例、これからは自分たちのことは自分たちで決めようという、とても耳触りのよいスローガンの下で、既に200もの自治体が制定し、今も全国各地で進行中の条例ですが、我が青森市でも平成22年の夏から公募で選ばれた市民(以下公募市民といいます)などによる委員会で検討が進んでおり、多くの市民が何も知らされないままに、昨年12月末には中間報告書が提出されました。
 市民が主役のまちづくり、まちを元気にする条例と聞けば、誰も反対する人なんかいないのが現状です。
 しかし、自治基本条例には、耳触りのいい市民参画という響きの裏に隠された議会制民主主義を破壊する危険な毒が含まれているのです。
 中身をきちんと理解した上で賛成するならともかく、その危険性について多くの人が全く何も知らされないままに耳触りのよいスローガンの雰囲気だけで賛成している状況だけは変えたいという思いで、自治基本条例の一般的な問題点や危険性をメインにしつつも、ところどころ重要なポイントでは青森市の実例を絡めて、1時間ほどお話いたします。 
 憲法や地方自治の専門家ではありませんので、行き届かない部分もあると思いますが、同じ市民の目線から見た自治基本条例の危険性ということでご理解ください。
 それでは、始めます。

P02
自治基本条例の柱とも言えるのが「市民参画」です。
基本的な考え方としては、「市民が市政に参画して、自分たちのことは、自分たちで考え、決めていこう。」というものです。
 これは、裏を返せば、「議会や行政に任せておいては、市政はよくならない」という考え方で、マスコミ報道等では、その背景には市民対行政、市民対議会という対立の構図があることになっています。
 しかし、この対立の構図には、重大な嘘が隠されています。
 みな様は、お気づきになりましたか?

P03
 その嘘とは、市民が一くくりにされていることです。
 現実の市民社会では、市政に対する考え方も人それぞれであり、保守的な考えの人、革新的な考え方の人、その中間的な考え方の人、大きな対立から、小さな対立まで、さまざまな対立が存在しています。

 そして、先ほどのように市民を単一の集合ととらえて市民参画を行うことは、ある特定の集団があたかも市民全体となってしまい、その集団の利益だけが実現されてしまうというたいへん危険なことなのです。
 たとえば、Aの集団がまとまって市民参画をすれば、BやCの利益が損なわれますし、その逆もまた然りです。
 
 このように利害得失が異なる市民間の対立を調整する機能が議会です。
 そもそも、議会や首長は、市民が自ら選挙を通して選んだ存在であり、市民との間に対立構造が存在するとはあり得ません。
 結局のところ、対立は市民間、議会、どこにおいてもA対B対Cで起きているのです。

P04
自治基本条例で想定されている公募市民による市民参画が、実際に市政にどんな悪影響を与えるのかを説明する前に、先ず市民参画による政策立案のしくみについて考えてみます。
 これまでは、選挙で選ばれた首長の下で、少数派に配慮しつつも多数派である支持者に向けた政策が立案されてきたのに対して、自治基本条例が規定する市民参画による政策立案では、公募市民と行政の対等な協働が義務付けられています。
 つまり、対等な協働なら、お互いの主張が真っ向から対立する場合で50:50、行政といっても市長ではなく実質的には公務員と公募市民による協働であること、そもそも自治基本条例では公募市民による市民参画を市民自治と称して尊重するという考えが根底にあることから見て、おそらく70:30程度の割合で市民委員会主導の政策になることが予想されます。
 また、見逃せない重要なポイントとして、市の政策立案は大きなお金や利権、政治的影響力、思想的影響力に大きく作用するという事実があります。
 もしも、治基本条例が制定されれば、企業、NPO、政治団体、宗教団体、暴力団、外国人勢力、ありとあらゆる組織が、ありとあらゆる目的を持って市政に参画し、自らに利益誘導しようとする動きが、間違いなく生まれてくるでしょう。

P05
 次に市民参画が政策立案に与える具体的な影響を考えてみます。
 先ず、現在の政策立案しくみでは、上の図のように政策を立案する市長を選挙で選んでいますので、市民(有権者)は平等に一人1票を投じることにより、政策の立案を間接的ではありますがコントロールしているわけです。
 しかし、市民参画というしくみは、参画できる者と、時間が取れず参画できない者の間に政治参加の機会不平等をつくるだけでなく、積極的な市民参画という錦の御旗の下で恣意的な政策のコントロールが行われる危険性を作ります。
 また、それを少数派が利用することで、政策立案への影響力において少数派と多数派が逆転してしまうという、民主主義の基本ルールが破壊される事態が起きてしまいます。

 なぜ、少数派ばかりが市民参画するという私の想定を疑問に思う方も多いでしょう。
 青森市自治基本条例検討委員会は、開始以来、平日の夕方最低2時間以上の委員会を30回以上開催、そのほかにも平日休日問わずイベントを多数行っています。
 このスケジュールの中で自分の生活を犠牲にしてまで参画しようと考える人とはどんな人でしょう。
 現状に概ね満足している人は、参画するでしょうか?一般的に多数派の人々は、選挙結果を通じて自分の主張が政策に反映されていることが多く、行政に不満が少ない分だけ市政への関心は低いため、自分の時間を犠牲にしてまで参画しようとは思わないと考えられます。
 一方、少数派は、政策が多数派主導で形成されるため、行政に対して不満が多く、市政を変えることが自分の利益に直結していることから、自分の時間を犠牲にしてまで参画しようと考えるということです。
  うがった見方との指摘を恐れず言えば、市民参画の目的は、利権、利益、名誉、政治活動、思想活動さまざまあるでしょうが、いずれにしても何かを得るためと考えるのが妥当でしょう。
 また、仮に滅私奉公の精神で市民参画をしようと考える人もいるとしても、少なくとも制度設計は悪用されることも想定して、そのようなことが無いよう行わなければならないのではないでしょうか。

自治基本条例が政治を変えるしくみ

では次に、市民参画がどのように政策立案から決定のプロセスに影響を与えるか、もう少し具体的に、かつ現在のしくみと対比しつつ考えてみます。
 先ず、上が現在のしくみで、政策立案には少数派への一定の配慮をしつつも、基本的には市長選挙で勝利した青の勢力の影響力が大きく反映されています。
 その政策案が、議会での議論の中、すなわち議会選挙の結果を反映した議論というフィルタを通ることによって、多数派、中間派、少数派ともに納得できる政策に落ち着く、これが議会制民主主義の目指すところと言えます。
 
一方、自治基本条例制定後の政策立案は、公募市民による市民委員会の設置が義務付けられますので、この委員会さえ押さえてしまえば、実数としてはたった5%しかいない緑色の勢力が他の95%の多数派を抑えて、自分たちの影響力を反映させた政策を立案できるということになります。
 これこそが、悪意を持って自治基本条例推進する勢力の狙いと考えられます。

 また、最終的に政策決定を行うのは議会なので、少数派が政策立案に影響を与えるからといって、心配は必要ないとお考えの方もいると思います。
 しかし、自治基本条例には、市民参画を含む市民自治の推進が明記されており、それが本市の自治の基本だとされる状況で、議会が市民委員会の立案した政策を否決したり、大幅修正を加えることがはたして可能でしょうか。
 議会が市民委員会の案を否決しようものなら、自治基本条例の中で市民参画とセットで導入している常設型の住民投票で議会を叩くことも十分に考えられるのではないでしょうか。
 また、市民委員会は、「議会は市民自治を無視、既得権を守ろうとしている」などと言ってマスコミに働きかけ、あっという間に自分たちに有利な世論を形成することも可能でしょう。
 それを言わば人気商売ともいえる議員が、どうしてはねつけることができるでしょうか。
 住民投票が住民の1/6にハードルを下げた真意は、議会の抵抗阻止にもあるのかもしれません。

P07
 先ほど、私利私欲を排して、滅私奉公の精神で市民参画が行われるなら…と言いましたが、
市政に参画する市民の資質というか、少なくとも私利私欲のための市民参画ではないという最低限の正当性は担保されなければならないことは、誰も疑う余地がないでしょう。

 しかし、結論から言うと、参画市民の正当性は担保はできそうにありません。
 
 先ず、参画市民は、どこの誰かわかりません。青森市自治基本条例検討委員会でも、委員の思想信条、利害得失を判断できるような経歴等は個人情報として一切明かされていません。

 次に、参画市民は、誰の信任も得ていません。
市長や議員のように選挙で選ばれているわけでも、公務員のように試験で選抜されたわけでもない、自らやりたいと手を挙げただけの人です。
 
 さらに、参画市民は何ら責任を問われません。
市長や議員は、その発言や行動が収賄や利益誘導と認められる場合、処罰や解職請求等で職を追われますし、公務員も法により職務専念義務が定められており、それに反すれば処分されるのとは大違いです。

 また、問題は参画市民だけではありません。
行政側の恣意的な選考により、市民参画を悪用して、かんたんに世論をねつ造することができます。(市の政策に対して反対する一派の封じ込め等に利用することが可能です。)

P08
 先ほどの参画市民の正当性担保の問題を裏付ける証拠をお見せします。
この黒塗りの書類は、青森市自治基本条例検討委員会の委員の応募書類です。

 外国人への住民投票権付与などの重要案件を、ほとんど議論もなく、かんたんに決定する委員会に疑問を感じた私が、公募市民の応募書類からその思想的な背景を知ろうとして、情報公開請求を行った結果、出されたものです。
 個人情報を理由に応募動機や、自治基本条例に対する考え方まで塗りつぶされた応募書は、まさに公募市民はブラックボックスである証拠といえるでしょう。

また、情報公開に際して、市役所に対して以下の質問というか要望をしています。
Q1.応募要件中の「青森市民であること」とあるが、住民となった日がいつか知りたい。
(本件市民参画のために住所を青森に変更している可能性を排除すべきと考え求めたもの)
A1.応募書に記載の住所で確認しており、住民票は取っていない。
Q2.応募要件の「政党の役員・職員でないこと、その他政治団体の関係者でないこと」について調査した資料を見たい。
A2.応募書に記載の経歴で確認しており、調査はしていない。
Q3.市民にとって最も重大な義務である納税について市税滞納がないかどうか調査した資料が見たい。(市民の代弁者とも言える委員が市民の義務を果たしてないなどあってはならない)
A3.市税滞納は応募要件にないため、そのような資料はない。

 応募書に書いてあるから、それで確認したって、あまりにも無責任だと思いませんか?
 しかし、この委員会設置にあたり、事務局が賛成派だけを選抜したのか、何らかの組織の人間が政治的目的達成のために潜り込んでいるのか、経歴に偽りのあるものがいるのかは、「今はまだ」どうでもいいことです。
 本当に恐ろしいのは、自治基本条例が制定され、市民参画が制度化されてしまった後のことです。
自治基本条例が目指す市民自治とは
市の基本理念、基本原則たる自治基本条例の目的が市民自治の推進であるということは、この条例が制定された後には、制度としては議会が最終決定(議決)権を持っていても、市民自治の具現化であるところの市民参画(市民委員会)の決定に逆らうことは、困難になると考えなければならないのではないでしょうか。 つまり、我々市民が選挙によって選んだ正当性を持つ議会が、何ら正当性の担保されていない市民参画、市民自治に対して、尊重という名の事実上の服従を強いられるような自治基本条例を肯定することはできません。

P09
 先に述べたように、市の政策は、巨額のマネーを動かし、巨大な利権を作り出すだけでなく、政治的影響力、思想的影響力にも大きく作用します。

 自治基本条例が施行され、市政の重要事項について市民委員会と行政の協働による政策立案が義務付けられ、公募市民による市民参画が制度化されたら、企業、NPO、政治団体、宗教団体、暴力団、外国人勢力、ありとあらゆる組織が、市民委員会に利権、利益、政治的、思想的、さまざまな目的を達成するために組織ぐるみで人を送り込んでくることは、避けられないでしょう。
 
 それに対して市役所は市民の利益(公共の福祉)を守ることができるのでしょうか。

 無責任とも思えた「応募書に書いてあるんだから、それで確認すればいい」という発言は、裏を返せば、それで確認するしかないということなのです。
 
市役所は、公安や警察ではありませんから、公募市民の思想信条や経歴を応募書類以外に調査する権限があるはずもなく、調査することは不可能なのです。
 つまり、悪意を持って市民参画しようとする者を排除することは事実上不可能、公共の福祉は守れないという結論に至ってしまうのです。

 もうこれだけで、市民参画の話は却下。自治基本条例なんてやめようと思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
P10
 市民参画の正当性を保つことは、もはや無理な気もしますが、それでもなお市民参画を考えるなら、当然参画市民を適正に選ぶ方法論になるはずです。

 市民参画の意義について、幅広く市民の意見を集め、行政施策に反映させるためというのは、表向きとしては、自治基本条例賛成派、反対派問わず異論のないところでしょうし、予め偏った人を委員として集めるのは、ダメということは明白です。

 そうすると、委員の選抜方法は、裁判員制度と同様に無作為抽出で選ぶことに行き着くと思われますが、先に述べたとおり、市民とはグループに分かれて対立する存在ですので、よほど恣意的な人選又は偶然以外に委員会が一致した見解、結論を得るのは理論的に無理なはずです。
 例えば、自民党の支持者と社民党の支持者の間で議論をしたらどうでしょう?
おそらく、何一つまとまらずに、ただただ時間ばかり、コストばかりがかかって、最終的にも何も決められず終わるでしょう。
 逆にこの人たちがお互い納得できるようなことは、そもそも最初から議論の必要すらない当たり前のことであり、なぜコストをかけて市民参画で話し合う必要があるのかということになるでしょう。
 
それならば、はじめから複数案がでることを想定してアンケート調査を行ったほうが、コスト面からも断然有効ということになります。
 つまり、正しい市民参画は、必然的に決裂し、決裂前提なら、アンケート調査のほうがコストがかからない。
 更に、市民参画で結論が出るようなことは、そもそもコストをかけて市民参画で論じるひつようもない当たり前のことだということです。

P11
 次に市民参画が金食い虫だという話をいたします。
 プロの行政マンが日常業務の中でできることをわざわざ素人の市民を参画させて、業務時間外に作り上げていくのだから、時間もコストもかかるのは当たり前の話です。

 青森市自治基本条例検討委員会においても、少なく見積もっても600万円以上のお金が無駄になっているようです。
 この600万円で地域の災害対策として小型の発電機を買うとか、雪かきの機械を買うとか、いくらでも有効な使い道があったのではないでしょうか。
 
現在のような財政状況がひっ迫する中、高いコストをかけて、こんな危険性を持ち、まったく効果のないしくみに税金を使おうなんて、どうかしてると思いませんか?

P12
市民参画について、これまでの話をまとめるとこのようにメリットなし、危険性のみということになります。

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市民参画は参画する市民の問題だけではありません。

これだけ、素性の悪い自治基本条例を行政がやりたがるのには、何らかのメリットがあるのではないかと勘繰りたくもなります。
話が少々本線からずれますが、この問題を考える上で、行政と議会の対立について確認しておきます。
ここでは、この市議会ではおよそ6:4で保守系が多数を占めるにもかかわらず、市長選挙で保守系候補の一本化にてこずり造反者が続出、革新系の支援する市長が当選したというフィクションを設定してみました。
このようなケースは、死票の少ない市議選と死票の多くなる市長選の特徴から常に発生しうる状況といえます。

さて、このねじれの状況では、そもそも意思決定権は議会にのみありますので、議会多数派が結束すれば、市長の打ち出す施策は何一つ執行できません。
市長は、苦虫を噛み潰したような表情で言うでしょう。
「保守派のやつらめ、どこまで民意を無視すれば気がすむんだ。私は選挙で6万票も取って選ばれた市長だぞ、たかだか2000票程度で当選した議員の分際で...」

ここで、重要なのは行政(市長)と議会の対立は、市長と議会という立場によって生まれたものではなく、そもそも思想信条や利害関係が対立する者同士の根本的な対立であり、どちらかが譲歩しない限り解決することはないということなんです。
しかも、対立する者への譲歩は、すなわち自らの支援者への背信行為になるケースがほとんどであるため、簡単ではないということです。
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それでは、どちらが譲歩すべきなのでしょうか?
それぞれの持つ権限を考えてみると、議会は、最終的な意思決定を行う権限を持っていますが、行政にはその権限は与えられていません。つまり、提案権しか持たない行政は、決定権をもつ議会側に合わせるしかないといえそうです。
事実、議会と市長がのねじれが発生していない団体では、行政から各会派へ妥協案が示され、過半数を取れるまで、妥協点を見出していくという作業が繰り返される、いわゆる根回しが行われるようです。
これを、行政と議会の馴れ合いだというように揶揄する人もあるでしょうが、事実これが少数派への配慮につながりますし、最大公約数に近い中庸といえる施策に近づくのではないでしょうか。
さて、ここからの話は、先ほどの設定で、もしも私が市長側近だったらと仮定したフィクションです。
このような可能性があり得るという認識でお読みください。
(市長)
保守派の連中め、何でもかんでも反対しやがって。おかげで何も実行できないじゃないか。民意を無視するのもたいがいにしろよ。
しかし、民意といっても、市長には一方的に議会を解散する権限はないし、仮に不信任決議、解散という流れとなっても、選挙なんて金はかかるし、そもそもリスクが高すぎる。リスクを冒さず、民意をわが物にできる方法...
(側近)
市長、議会が文句を言えない方法で、市長に都合のよい民意を作り出せばいいんですよね。それなら、今流行りの自治基本条例というのが使えますよ。
(市長)
どういうことだ、具体的に説明してみろ。
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(側近)
 自治基本条例とは、市の様々な施策において、企画段階から意思決定に至るまで公募による市民を参画させる条例で、市民に自らのことは自ら決めさせるという市民自治を実現するもので、耳当たりも良いし、マスコミもインテリ層もノってくる人気の施策なのです。「市民が主役のまちづくり」ってスローガンは、めっちゃウケますよ。まさに鉄板ですね~(笑)
 この条例には、市の意思決定に市民を参画させることを義務化、市民、行政、議会が互いに尊重し、協働してまちづくりを行わなければならないと明記します。
 言い換えれば。これは民意の作成プロセスを条例化し、条例によってその民意に権威を与えるということになります。
 この手法により決定した政策はすなわち民意と言えますし、この民意は協働の精神により尊重されなければならないというわけです。
 つまり、もし議会が反対するなら、その時は「議会は民意を無視するのか」とか「議会は市民との協働という最高規範である自治基本条例の精神に反している」って記者会見でマスコミに発信すれば、議会なんてすぐに黙りますよ。 ふひひ。
12
(市長)
 しかし、私の考えと市民の考えが必ずしも同じにはならないのではないか?
(側近)
 自治基本条例で定めるのは、あくまで市民参画のシステム化と、市民、行政、議会の協働の尊重、そして条例の最高規範性であって、参画する市民を選ぶのは、我々行政の専権事項なんです。
 つまり、市長の施策に反対する人なんか最初から選考しないので、何の問題もありません。
 要するに議会が自ら議決した最高規範のこの条例に、互いに尊重し協働しなければならないと書いてあることが、議会が逆らえなくなるという点で重要なんです。
(市長)
しかし、この目論見は議会筋には、ばれないかね?
(側近)
大丈夫です。保守派が食いつくオトリはいろいろ仕掛けてありますから。
(市長)
保守派が食いつくオトリとは何だね?
(側近)
市民の定義に外国人や近隣住民を入れたり、常設型住民投票制度等をオトリとして保守派の注目を集めた上で、市長はその部分を保守派の望み通り譲歩してみせる。彼らは、我々の本当の目的に気付かず、シャンシャンと議決してくれますよ。
(市長)
君は、本当に悪知恵が働くね。ふひひひひひひ。(おしまい)
13
先ほどのストーリーをまとめると、このように図示できます。
市民自治を掲げ、議会、行政とも尊重するとしながら、実は市民自治を行政のコントロール下に置き、自らに都合のよい民意のねつ造を可能にするシステムが自治基本条例だと考えることができます。
重要なのは、市民自治は行政のコントロール下に置くことができ、このような悪用が可能であるということです。
現市長がこのような民意のねつ造し、議会対策に使おうとしているとは考えられませんが、悪用される可能性がある条例、しかも最高規範性を持つという条例を制定することは、避けるべきではないでしょうか。
市民参画を使った 行政による民意のねつ造については、議員報酬の引き下げ問題で、先生方は既に体験済みで、こりごりといえるでしょう。
あの時は、マスコミも登場し、まさにこのケースそのものといえます。
今後、この手法で議会は常に悪者に仕立てられ、さらに最高規範たる自治基本条例の趣旨に背く、ひょっとしたら条例違反の謗りというおまけまでついてくるわけです。
先生方は、それでも、自治基本条例なんてやるのですか。やめたほうがいいのでは、ありませんか。

P13
ここまで、自治基本条例の肝といえる市民参画についてお話してきましたが、ここからは自治基本条例全体についてお話します。

先ず、自治基本条例はどのような理論に基くものなのかについてかんたんにお話しますが、その前に我々の日本人としての常識を確認しておきましょう。

 我が国の国家と自治体の関係では、国を頂点としたピラミッド型の統治が行われており、地方自治の根拠は、憲法により保障されていると考える制度的保障説が一般的です。

 また、条例と憲法・法律の関係については、法律は憲法の範囲内で、条例は法律の範囲内でのみ作ることができることが定められていますし、法の解釈についても自治体ごとの勝手な解釈は許されておらず、国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて、これを解釈及び運用するようにしなければならないとされています。

このしくみが、日本全国どこへいっても、共通のルールと格差の少ない社会を保障しているのです。

P14
 一方、自治基本条例の基になっている補完性の原則や複数信託論という理論に置き換えると、国家と自治体の関係はこの図ようになります。
 先ず、語句の説明からいたしますと、補完性の原則とは、市民がやれないことを市町村がやり、市町村ができないことを都道府県がやり、都道府県ができないことを国家がやるという考え方で、先ほどの地方自治の根拠が国家の統治権が法により一部移譲されたとする我が国の常識とは逆の発想です。
 また、複数信託論は、国家や自治体は、市民によってそれぞれ別々の信託によって創設された一定の権限を行使する機関に過ぎず、お互いに独立した存在であるという社会契約論的な考え方で、もはや普通の日本人には全く理解できない、常識とはかけ離れた考え方といえます。

 そして、これらの理論は、地方自治体の独自行政権、独自立法権を可能とし、これが「自治基本条例は自治の最高規範」だとか、「自治の基本」という部分に表われているといわれています。
 しかし、このような日本の法秩序や統治の構造を破壊する考え方は、地方ごとに格差を生む弱者切り捨ての理論であるだけでなく、国家の統治権の及ばない地方政府の誕生は、反国家的な過激派集団や外国人等の勢力に悪用されれば、日本をバラバラに解体されかねない危険が秘められているのです。
 もしかしたら、近い将来には、国境の小さな島の○○町が、住民投票で日本から離れ韓国へ編入を決めるなどという話が現実にならないとも言えない、恐ろしい理論の上に自治基本条例が構築されているということを知ってください。
 そして、驚くべきことにこの思想は、既に現実のものとなっており、川崎市自治基本条例では、「市民は、・・・その総意によって市を設立し…」と謳っています。 いつ川崎市民が川崎市を創設したのでしょうか?もはや失笑ものですが、青森市も基づいている思想は全く同じものなのです。
 
自治基本条例を契機に将来自治体が地方政府になり、独自行政、独自立法権を持つ流れは、国家を分断し、私たちが祖先から受け継いできた日本というひとつの家族のような国を変質させてしまうことにつながらないか、そして我々は、そんなことを本当に望んでいるのかを考える必要があります。
自治基本条例の仕掛け人が目指す合法的な革命
革命だの反国家的勢力だの言われても、私も含めて現実的な危機としてとらえることは、たいへん困難なことだと思います。

事実、自治基本条例が既に250もの自治体で制定されましたが、どこかの自治体で革命が起きたという話は、聞いたことがありません。
せいぜい、住民参画や協働により、特定の個人や団体が新たな利権を獲得したとか、行き過ぎた住民参画が市政に混乱をもたらしたとか、その程度のことでしょう。
しかし、自治基本条例の危険性に気づかないまま、8割を超える自治体が、自治体の最高規範なる自治基本条例を制定した時に、本当に革命が始まるのです。
彼らは、地方自治法による国家が地方自治体を統治する形態は、既に時代とかい離した状態にあり、自治体は国家から真に独立できるよう地方自治法を改正しなければならないという運動を仕掛けてくるでしょう。
自治基本条例を仕掛けてきた人たちは、暴力革命に失敗し、ソ連が崩壊してもなお、あきらめず次の100年を見据えた戦いを仕掛けてくるつわものなのです。
自らの利害得失や無知、無関心でこの条例を通してしまうことは、将来世代に対して極めて無責任なことであることを認識すべきではないでしょうか。

P15
 さて、理論はここまでにいたしまして、ここからは自治基本条例そのものに焦点をあてて話します。
自治基本条例には、わがまちの憲法とか、自分たちのことは自分たちで決めようとか、まちを元気にしようという市民に密着したイメージとは裏腹に、極めて政治的な狙いがあることは、少数派が選挙に勝たずして政治的主導権を握るという、いわば理論的な話してきましたが、ここからもう少し現実寄りの話をしていきます。
 この条例の特徴として、わがまちの憲法をいう名前とは裏腹に、全国津々浦々の市町村における自治基本条例が、まるで判を押したように同一内容であることが挙げられます。本来なら、地方の特色が出てもよさそうな条例にもかかわらず、地方色が出ているのは、条例の内容にほとんど関係のない前文だけ、条文の内容は表現こそ違いますがほとんど同内容となっています。

そして、全国どこの自治基本条例にもほぼ例外なく入っている要素がこの4つです。
1.市民の定義に外国人、通勤・通学者、その地域で活動する個人及び法人その他の団体となっている。
2.市政運営や政策決定に参加・関与できるしくみとしての市民参画の確保。
3.市民委員会設置の義務化と、委員の公募化。
4.常設型の住民投票条例の制定、投票権を20歳未満や外国籍市民(住民)にまで拡大。

 先ず、市民の定義が地域で活動する個人および法人その他の団体に拡大されていることが不可解です。支部や支店があるのというのはもちろん、活動しているなどという、その事実を証明することがまったく不可能な範囲にまで市民の定義が拡大されていることに注目しなければなりません。
 なぜなら、通常何らかの適用範囲を定めようと考える場合において、その範囲を無制限に定めるという思考は通常ではあり得ないからです。
 これは、間違いなく意図をもって無制限に定めたと考えるべきであって、具体的な利用法としては、いわゆる市民運動家が、その時々の目的に応じて全国各地から集結し、市民として参画することを保証しようとしていること等が想定できます。
 また、外国人が何人もいないような小さな村や町においても、住民投票を外国人にまで拡大という条例になっていることも明らかに政治的意図が汲みとることができます。

P16
 自治基本条例が多くの自治体で検討されるようになったきっかけは、民主党への政権交代だと言われていますが、興味深いのは、民主党のほかにも、政治的に対立する共産、社民、公明も自治基本条例を推進している点です。
 それは、対立を超えてなお価値のある、共通の利益があるということに他ならないということです。
 おそらく、その共通点は、地方議会で少数派であるということでしょう。
 そして、このことは、先に説明いたしました自治基本条例が、少数派が選挙結果によらずに政治的主導権を握れるシステムであるということの裏付けになると考えられます。
 また、この構図から自治基本条例の肝の一つといえる外国人への住民投票権付与と外国人地方参政権が密接にかかわっていることも見てとれます。
 これらの党は、現時点で約100万人、将来更に増える見込みの外国人に住民投票権を付与することで取り込み、将来の外国人地方参政権実現への足掛かりにしようと考えているのでしょう。
 事実、在日韓国人の集団である民潭では、自治基本条例を外国人地方参政権への足掛かりとしてとらえ、組織を挙げて推進していくことが、民潭の広報の中で明言されているようです。

 ただ、いくら民主党が政権与党だからといって、今も圧倒的に保守派が強い地方行政や地方議会の中で、強制力のある法令を伴わずに地方自治体を自治基本条例制定という特定の方向へ導くのは簡単ではありません。
 そんな中で、地方自治体へ自治基本条例を急激に浸透させたのは、民主党の支持母体の中核である自治労と言われています。
 自治労は60%もの組織率を持つ地方公務員の労働組合で、以前は主に社民党を支持していましたが、現在は主に民主党を支持する日教組と並ぶ極めて政治色の強い労働組合です。
 2009年の「自治労運動方針 第2章 たたかいの指標と具体的進め方」には、「核兵器廃絶の取り組み」「部落解放、人権のまちづくりの取り組み」「子どもの人権を守る取り組み」「政権交代にむけた民主・リベラル勢力の総結集の取り組み」「アジア・太平洋地域を中心とする国際連帯の取り組み」など、もはや公務員の労働運動とは無縁の政治的主張が堂々と書かれています。

P17
 そして、その自治労のシンクタンクである地方自治総合研究所(旧自治労総研)が、自治基本条例に関して理論的な指導を行いっているのです。
 それは、全国津々浦々の市町村の自治基本条例が、まるで判を押したように同一内容であること、自治基本条例検討委員会等の立ち上げの際には多くの自治体で地方自治総合研究所の関係者が講師や講演者として招かれていることから見てとれます。

P18
 そして、ダメ押しともいえる証拠として、
自治労2009-2010年の自治体政策集に自治基本条例の制定について詳細に書いたものがあります。

 自治基本条例の警戒すべき問題点と考えられる箇所が、この中ではすべて確保すべき点としてズバリ網羅されているのです。
 当市の条例案にも盛り込まれているもの、既に実行済みのものを赤字にしてみましたが、やはり金太郎飴のごとく、自治労が重要とするポイントはほぼ全て網羅されているのがよく分かります。
 ちなみにピンク色は、そのような取り組みはあるけれど、市として制度化には至っていないという意味です。

P19
 これまで、市民参画や住民投票についての問題点というか、どんな毒が盛られているのかについて話してきましたが、
 自治基本条例の全てが悪いわけでもないだろう、良い部分もあるのではないかというお考えをお持ちの方も少なくないでしょう。
確かに問題のない部分、よい部分というか、どうでもよい部分はありますので、ご説明いたします。

 先ずは、前文から。
 自治労のしかけによって、全国共通化された自治基本条例、その中で唯一自由に思う存分作文ができるのが、前文です。
 参画者は、自分の作文が条例となり後世に残ると考えるのでしょう、力の入れ方が違います。
 
 前文について検討している委員会の議論は、一字一句についてまで熱い議論が延々と展開されますが、 残念ながら、これこそ悪意ある推進派の思うつぼなのです。

P20
 前文の次は、自治の基本理念です。
 条例とは思えない、「楽しく」とか「固定観念」とか新感覚な条文となっていますが、
人によって違う感覚的なものを条例で定めるのは理解しがたいと思いますが、みなさんはどうでしょうか。
 また、一市民に青森市民全体の幸福を考えた行動を求めると条文にいたっては、
個人の自由は公共の福祉に反しない限り制限されないという憲法にも反する可能性すらあるのではないでしょうか。
他にも、条例で定める必要があることとは思えないことばかりという印象です。

 続いて、市民の権利について見ると、日本国憲法でも保障していない子育ての安全、生涯学習など高度な権利を保障しています。
そして、ここでも安心や幸せという感覚を権利として保障するという内容となっています。
 子育ての安全や生涯学習などは、(青森県が日本で最も貧しい県だということを完全に無視したとして)財源さえあれば実現可能?かもしれません。
しかし、安心して子育てできる権利や、幸せに生きる権利はどうでしょう。
幸せに生きる権利が侵害されていると感じた市民は、市に権利保障を求めるのでしょうか。
 それとも、自治基本条例は条例といっても、「いつかそうなるといいね」という意味で書いてあるだけで、守る義務なんて行政にも市民にもありませんよということなのでしょうか。
いずれにしても、市民も行政も遵守義務のない条例なんて意味がありません。

 そういう、目標や願いを込めたものは、本来は、宣言や憲章の形式とすることが適当でしょうし、これまではそうしてきました。

P21
 では逆に、これまでは宣言や憲章としていたのに、自治基本条例だけが、条例の形を取りたいのは何故でしょう?
 
 それは、おそらく、こうです。
 これまで説明してきた青森市民イコール地球市民、市民委員会設置の義務化、市民委員の公募市民化、外国人への住民投票権付与、これらの毒素条項は、すべて強制力のある条例で規定する必要があるからです。

 しかし、これだけを見せたら、のんきな市民にも毒入りの条例だということがばれて、騙せなくなってしまいますので、たくさんの条文の中に混ぜて、できるだけ毒を薄める必要があったということではないででしょうか。

P22
 自治基本条例の核心部分である市民参画は民主主義を破壊する危険なシステムであること、また、そもそも役に立たないしくみであるということ、自治基本条例には隠された危険な思想があること、外国人参政権の突破口としての住民投票制度が捉えられていること、自治基本条例は、少数派政党・外国人勢力・自治労という左翼労働組合などの組織が、自らの勢力拡大の目的で仕掛けてきた戦略だったということ。
そして、よい部分なんて所詮はどうでもよい部分だったということ。

つまり、自治基本条例は、市民が行政に参画、これからは自分たちのことは自分たちで決める!市民の声を市政に!というようなイメージを前面に出して進められていますが、 具体的に見てみれば、百害あって一利なしのとんでもない条例だとは思いませんか。
P22.1
 全国一律で政治的意図を達成するために仕掛けられた自治基本条例なんかより、悪用の危険を取り去ることで、市民参画を利用して主導権を握ろうとする者から市政を、延いては民主主義を守りつつ、今は保障できていない権利であっても、青森市の理想・理念として自由に謳うことのできる自治基本宣言のほうが良いとは思いませんか。
 自治基本条例の危険性と取り除いて純粋に地域を思う心で「青森市自治基本宣言」を謳うことには賛成するが、たとえ市をあげて自治基本宣言の普及に力を注いで、市民の心にこの宣言が定着したとしても、行政や議会に市民の声を届ける方法がなければ、今と何ら変わらないのではないかと思われた方も多いことでしょう。
 私も全く同じことを考えました。
 これでは、危険は取り去ったかもしれないけれど、あくまで現状維持でしかない。
 しかし、市民参画は公正な人選をした場合、結局はアンケートと同程度の効果しか生まないし...
 悩んだ時は、基本に立ち返ってみるのがいちばんではないかと思い、憲法が規定する地方自治について再確認してみることにしました。
P23
 地方自治を規定する憲法第92条における地方自治の本旨とは、住民自治と、団体自治であると理解されていていますが、「住民自治」とは、地方の事務処理を中央政府の指揮監督によるのではなく、当該地域の住民の意思と責任のもとに実施するという民主主義の理念に基づく原則ですので、憲法は、地方公共団体の長・議員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙すると定め、間接民主制による住民自治を保障しているのです。
 一方「団体自治」とは、国家の中に国家から独立した団体が存在し、この団体その事務を自己の意思と責任において処理するという地方分権主義の理念に基づく原則ですので、憲法は、地方公共団体に執行権(財産管理権限・事務処理権限・行政執行権限)と立法権(条例制定権限)の二種の統治権を与えることで、団体自治を保障しているのです。
 しかし、自治基本条例を推進する人たちがよく口にする話に、地方分権とともに団体自治は進んできましたが、住民自治は一向に進んでいません。これからは、住民が直接政治に参画していく住民自治を進めていかなければなりません。という話があります。

 自治基本条例推進派は市民参画の根拠として住民自治を持ち出しますが、憲法第93条を無視して、住民自治が住民の直接的な政治参加だというような理解に至ることは、敢えて曲解しようとしなければ考えられない解釈であり、はっきり言えば、騙しの意図を持ったうそ話だといえます。
 
 みなさんご案内のとおり、憲法が保障しているのは、あくまで間接民主制による住民自治なのです。

P24
 さて、これまで市民参画は危険だ、危険だと言ってきましたが、それはあくまで現在進行中の自治基本条例の中で示されている公募市民による直接的な市民参画を危険視、否定しているのであって、憲法第93条に規定される首長や議会を通じた間接的な市民参画は大いに推進すべきだと声を大にして申します。

 しかし、ではどうすれば?
 この疑問に自分なりに答えというのは、おこがましいですが、私なりのアイディアを思いつきましたので、恥ずかしながら紹介いたします。

P25
 私も、自治基本条例が提案する明らかに問題のある公募による市民参画に飛びついた人の多くがこれまで説明してきた政治的少数派で、市民参画によって立場を逆転させてやろうと考えているなどとは考えていません。
 ほとんどの市民は善良であり、行政をより良くしたい、市民の声を政治に届けたいと純粋に考えていると思います。そして、そんな人々が求める市民参画を、悪意ある者は利用しようとしているのです。
 つまり、自治基本条例ではない、正しい市民参画が必要なのです。
 やはり、市民の声の代弁者は議員ですので、先ず市民と議員を近付けるしくみづくりが不可欠です。    
 そこで、私が提案するのは、市民により議員へ提案を持ち込みやすくする制度です。
 それは、市民提案の中から一定数の議員の賛同を得た提案について、政策案として正式に採用し、市民提案政策検討委員会(仮称)において、専門的知識を持つ行政スタッフの派遣を得ることで、議会に提出できるものに作り上げようというものです。
ただし、ごく少数派の意見により政治が動かされるのは、間違いですので、採用を認める議員数の設定は必須ではないでしょうか。例えば5名程度の議員

 これにより、市民参画に市民の信任を受けた議会の権威が加えられたことで、市民参画の正当性の問題をクリアし、また議員提出の政策案が少ない現状の大きな理由であるだろう議案作成にかかるスタッフの負担や技術的な問題点も回避できると考えます。
 行政にとっては、日常業務以外に仕事が増えるので、大きな負担となりますが、適法な労働時間と正当な報酬を手当して報いるしかありません。行政職員は決して安い給料で働いているわけではありませんので、それでも嫌なら、もう辞めていただくよりほかにありません。
 この方法で、市民参画が実現すれば、議員こそ市民の代弁者という基本に立ち返ることができるでしょう。
 また、市民が議員を見る目は、より身近で現実的なものになり、今以上に厳しくなるでしょうし、
議員にとっても市民の声に触れる機会が増えることで、議員活動を活発化させることにつながるでしょう。
 また、政党ごとに取組に差が出るようなことになれば、確固たる支持政党のない層の投票行為に影響を与えることは必至ですので、政治に緊張感が生まれることにもつながるでしょう。
 まだまだ、ラフな設計ですが、目指すところはご理解いただけたのではないでしょうか。

P26
 
以上で、私からの自治基本条例に関する説明は終わりです。大したお話はできませんでしたが、みなさま自身が考えるヒントになっていればと心より願っております。
そして、もし自治基本条例に問題ありと思われましたら、反対の意思を示してください。
反対の意思を政治へ届けない限り、この危険な条例を止めることはできません。

 市役所では、意見をお待ちしていますという内容を市のホームページに掲載しましたが、正直言って、こんなところに反対の意思を示したところで、彼らは取り上げるつもりなど全くありません。無視されて終わりでしょう。

 手紙を書くなら、市議会議員や市長に書きましょう。
市議会議員や市長にコネクションを持っている方や、コネクションをお持ちの方をご存じの方は、迷わずそちらから反対意思を示してください。

 青森の民主主義を守り、そして育て、次の世代へ素晴らしいふるさと青森を渡すために、何としてもこの条例を阻止しましょう。

長時間にわたってのご清聴誠にありがとうございました。

パワーポイント(.pptx、.ppt)のダウンロードはこちらから
改訂版本当は怖い自治基本条例

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Information

Date:2014/02/11
Trackback:0
Comment:3
Thema:自治基本条例
Janre:政治・経済

Comment

*

FTAX様
改定前の資料を使ってチラシをつくり、頑張れ日本の愛知県本部の力も借りて、村田春樹先生を地元に迎えての自治基本条例講演会を行うことにしました。
http://jkihonjorei814anjo.blog.fc2.com/blog-entry-23.html

自治基本条例は何が問題なのか丁寧に説明すればするほど問題が広範になって、一般の人にはワケ分からなくなるので、議会の力が弱くなり、ほとんど無力というまでに形骸化すること(そしてそれは元々の住民から市政への影響力を削ぎ、住民自治・参政権の侵害につながること)を強調してチラシにしました。
このようなチラシができたのもFTAX様のおかげです。ありがとうございます。


自治基本条例が制定されてしまった愛知県安城市で起きていることは・・・

①市民参加の尊重といいつつ、パブコメなどの意見では施策案は修正されない
例として、安城市市民参加条例のパブコメ結果では、条例の内容に対して反対意見がズラリと並んでいるのに、条例案の修正は一切行われずに議会へ送られました。
http://www.city.anjo.aichi.jp/shisei/siminsankatokyodo/documents/sankajoureipubcome.pdf

議会もこれを可決しています。というか、自治基本条例が存在すると、市から出てくる案には「民意」が織り込み済みであるというのが原則になりますから、議会は抵抗できません。

つまり、条例案をつくる審議会に市民参加できること、条例案をつくる過程にコミットできることが如何に有利で決定的かということです。
安城市では他にも色々と市民の意見を聴取する手段がありますが、パブコメに対するこの態度を見る限り、市民委員会への参加以外の方法などカスであり、「意見を聞きました」という市のアリバイ作りの材料にしかならないということです。そして、平日に行われる市民委員会に参加できる「市民」とは何者か・・・?という話になってきます。


②自治基本条例の最高規範性から、議会に諮ってもいない役所のつくるプランや方針といったものが「尊重」されることにより、あたかも法的拘束力をもつかのような運用がされるのでは?という不安があります。
例えば、安城市多文化共生プラン(案)
http://www.city.anjo.aichi.jp/kurasu/machidukuri/documents/puran.pdf
では、冒頭に自治基本条例との関連性がうたわれています。
このプランについては、パブコメの結果がまだ出ていませんが・・・
おそらくどんなに反対があっても原案どおりで押し通すのでしょう。

以上が、自治基本条例が制定されてしまったまちで起きていることの一例です。青森市がこのような災いから免れますように祈っています。

FTAX様には釈迦に説法なことかもしれませんが、なにかの参考になれば幸いです。では
2014/02/20 【晴夫】 URL #- 

* Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。
自治基本条例が通ってしまった場合の戦い方について私なりにずっと考えてきました。
その答えは、附属機関にあると思います。
というのは、自治基本条例が市民参画の方法をどのように決めようが、所詮法の定めを無視することはできません。仮にそれをやってきたら、法令違反として戦えばいいだけのことです。
市長が市の職員以外から意見を聞く場合には、会議中の発言のような聞きっぱなしのものを除けば、ほとんどの場合は、市の行政機関としての附属機関(審議会、委員会等の名称が多い)の形式をとらなければ、違法となります。
つまり、附属機関における議論を好き勝手にさせなければ、敵の思い通りにはできないということなのです。
言い換えれば、一方的な民意を作らせないということです。
公式な民意といえる委員会の議論の段階で賛否両論あった話であれば、議会は普通に反対できるということです。
そのためには、一番最近書いた「議会制民主主義を破壊する自治基本条例」の最後に載せた「附属機関設置基本条例」のような条例を議員自らが提出し、可決する必要があるとおもいますので、一度読んでみてください。
附属機関の議論さえ議会がコントロールできれば、首長など所詮何の決定権も持たないので、恐れる必要はありません。
九州大学大学院法学研究院准教授 田中 孝男先生の論文が参考になると思います。
もしかしたら、この先生なら条例制定の手伝いをしてくれるかもしれません。
http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/recordID/21792

2014/02/23 【FTAK】 URL #- 

*

FTAK様
お返事ありがとうございます。
まず、お詫びをさせてください、先の私のコメント、名前を間違えていますね(FTAXと誤表記)。大変申し訳ありませんでした。

附属機関についてのご助言、参考資料のご紹介ありがとうございます。行政に無知な私には荷が重過ぎる部分かなあと正直思うのですが、とはいえ、当たり前の意見送付などでは市役所は一顧だにしないということも、この半年間で良く分かりましたので、なんとか頑張って、御助言をものにしたいと思います。

貴重なご助言本当にありがとうございます。
2014/02/26 【晴夫】 URL #- 

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